経営者インタビュー ~社長の仕事とは~

経営者インタビュー ~社長の仕事とは~

ヤマトホールディングス株式会社
特別顧問 木川 眞 氏

「社長の仕事」とは何か

いろんな表現の仕方がありますが、私の考えは次の4つ。①挑戦すること ②決断すること ③危機対応 ④発信すること です。この4つが社長に求められています。そして、それぞれを先頭に立って行動し、その結果の全責任を持つことです。

「戦略的思考力」や「先読み力」も大事ですが、戦略の「策定」と「実行」のどちらがより重要かといえば、やはり「実行」と考えます。MBA等で戦略を学び、経営の選択肢や可能性を語れる人はたくさんいますが、社長はその先が本来業務。最終的に決断し、責任と覚悟をもって前面に立って実行しなければなりません。
戦略策定の際は、自分の考えが正しいとは限らないことを認識しておくことも重要です。周囲の人たちにも考えてもらい、多くの選択肢(戦略アイデア)を聞き、その中から最適なものを選んでいくことが望ましいです。「選ぶ」ことは、リスクテイクをして決断することとも言えます。
決断する時には、なぜ、その決断になったのか、成功のためにどのようなリスクテイクをするか、その点はロジカルに説明できることが大切です。
そして、100%の正解はないため、決めたら確信を持って行動することです。

経営危機時のトップの役割

しかし、環境変化でシナリオを変更する必要が出たり、過去から内在していた問題が急に顕在化したりと、予期せぬことが起こることは多分にあります。
なかには過去に発生した問題について、「現経営者」が責任を取ることもあります。危機に陥った際のポイントは、起きた事象に対するダメージを少なくし、会社を救う努力をすることです。無我の境地で事にあたり、すべては会社のためという基準で、適切な判断をしなければなりません。過去の企業の危機対応で、うまく収束できず非難・批判をさらに受けたケースのほとんどは、その時々の経営者の言動が原因といえます。トップの初動如何で、収束が決まるといっても過言ではありません。

「危機対応」は日常的ではないですが、極めて大事なことと私が考えているのは、自身の個有の経験があってのことかもしれません。銀行時代に様々な危機に直面し、そのたびに矢面に立ち対応せざるを得ない場面に何度も遭遇してきたため、経営における重要性を強く実感しています。挑戦には「自我」や「野心」が必要ですが、危機対応には「自分」は不要、まさに無我の境地です。利他の精神ですべてのことにあたらねばなりません。これまでの経験が経営者としての基盤をつくったといえます。

日常的な仕事として一番重要なのは「発信すること」です。企業活動や経営の方向性などを社内外へ発信すると同時に、行動でも示していくことが重要です。危機の際は、経営者の覚悟を見せる「発信」がとても重要であり、苦しい時でも、毅然とした対応(発信)をすることで、その後の信頼を勝ち取ることに繋がります。

経営者になる前に必要な「学び」とは

学ぶことは重要ですが、社長になってから学ぶことは少ないと考えます。よく、「ポストが人を育てる」という言葉がありますが、それは社長以外のことと感じます。社長になってから学ぼうと思っても遅いです。そんな時間も余裕もない、社長業はすべて「実践」です。従って、学ぶべきことは、社長になる前に身につけておくのが望ましいです。
私の場合は、世界に向けて英語で当社の経営を自信を持って発信するだけの語学力があったらよかったのになと思っています。また、銀行時代の経験から、危機における緊張感を体験した点が基盤になったことを考えると、危機対応に関して、経営者になる前に、何らかの「疑似体験」につながる学びができるといいと感じます。例えば、危機を先頭に立って乗り越えたリーダーとの対話を通じ、「自分だったらどうするか」をシミュレーションするセッションなどは有益でしょう。「疑似体験演習」ができればなおいいと思います。
 また、失敗体験は人や企業を成長させます。危機を乗り越えた後、それを「実感の沸くストーリー」として社内に伝え、社員には、他人事ではなく自分事として理解してもらわねば、同様の危機が再発してしまいます。そういう意味で、過去の失敗(その本質)を考えることは、学びとしては効果的であると言えます。私の愛読書の一つも、『失敗の本質』(野中郁次郎、他共著 中央公論新社)です。

後継者の人選について思うこと

自分自身は外部からヤマトに入社した立場で、前任者から「これをやってほしい」というミッションが明確だったのである意味でやりやすかったです。いろいろ改革をしましたが、前任者が最後まではしごを外さず見守ってくれました。そのため、やるべきことをやり切って後任にバトンタッチできました。
私の場合、後任選びのポイントは「生え抜き」に戻すことでした。社内外の「納得性」を重視し、人望や期待感の高い人に後を譲りました。後任社長の人選は正しかった、彼でよかった、と思っています。ただ、自分自身の修羅場経験から得た学びをもっと伝授しておけば、より手助けになれたかもしれないとの気持ちはあります。

―ご略歴― 
1973年富士銀行(現:みずほフィナンシャルグループ)入行。同行人事部長、みずほコーポレート銀行(現:みずほ銀行)常務取締役を経て、2005年にヤマト運輸入社。常務取締役経営戦略部長。2006年ヤマトホールディングス専務取締役。2007年3月同社取締役兼ヤマト運輸代表取締役社長、2011年4月ヤマトホールディングス代表取締役社長、2015年4月同社代表取締役会長、2019年6月同社特別顧問。また、2016年4月一般社団法人ヤマトグループ総合研究所理事長に就任。現在に至る。主な著書:「未来の市場を作り出す」(日経BP社、2013年)
ページの
先頭へ