挑戦する経営者のリーダー論 ~経営者コラム~

日本交通 代表取締役社長
知識 賢治 氏 第5回

ちしき・けんじ
1963年生まれ。同志社大学法学部卒業後、85年に鐘紡(後にカネボウ)に入社、化粧品部門に配属。98年、自ら企画立案した新しい化粧品ブランド「リサージ」の社長に就任し、年商140億円にまで育て上げる。2004年、産業再生機構の支援の下、カネボウから分離したカネボウ化粧品の社長に就任し、再生に尽力。10年、テイクアンドギヴ・ニーズ社長に就任。15年、日本交通社長に就任。

「未踏の時代のリーダー論」(日本能率協会「編」:日本経済新聞出版社 出版より抜粋)

『苦境突破には何のために働くのかを考え抜きやり遂げること』

名門カネボウの危機を産業再生機構とともに再建し、その後もウェディングビジネスの経営を立て直す。
日本交通の直近3年は過去最高の業績を出す好調さだ。
だが、若い頃には働くことの意義に悩んだという。

企業再生は、外科か、内科か、それとも心療内科か

企業再生は、その会社の状況や求められる期間などによって処方が異なります。医療において外科的、内科的、心療内科的アプローチやリハビリなどを患者の状況に応じて適切な処方を選択することと似ています。一人の医師がすべてを診ることができればいいのですが、現実的には難しいものです。企業再生においても同じことが言えます。経営者がさまざまな分野のプロフェッショナルを束ね、状況に応じて各分野のプロフェッショナルが適切な処方を施す。その全体をディレクションするのが経営者の役割です。

機構の支援下で取り組んだ改革の中には、これまでのやり方を180度変更することも多く、ときには大きな労力や痛みを伴うものもありました。「なぜ、そうしたことをやらなければならないのか」ということを社員に腹落ちするように伝えていくことも私の重要な役割であり、骨の折れる仕事でした。

「再建のためにやらなければならないこと」と「会社のビジョン」のベクトルを合わせ、そのことが「社員のやりがいや成長につながる」ようにしました。また、「伝えたい思いや考えを整理し、それを表現する言葉を吟味して選び、相手の目を見て話をすること」を心がけました。「自身の思いを言葉に託し、相手の心に届ける」というのが、社員に重要なことを理解してもらうときの基本姿勢です。

機構の支援が始まってから眠れない日々が続きました。しかし、それも限度を超えると床に入った瞬間に落ちるように眠ってしまう状態になりました。眠りに落ちるそのほんの一瞬が、「もう考えなくていい」という一日の中で解放される唯一の瞬間でした。翌朝、目が覚めると一瞬の内に課題や悩みごとが思い起こされ、気の重い、長い一日が始まるという毎日でした。

そんな厳しい日々を支えたものは、お世話になった上司や仲間とカネボウという会社が大好きだったということ、そして約120年の歴史を持つ会社の重要な局面に立ち会うことになったという使命感でした。当時の秘書が「会社を辞めようと思っていたが、知識さんが社長になるならもう少し続けようと思いました」ということを打ち明けてくれました。この言葉も私を支えてくれたことの一つでした。こうした「小さなことかもしれないけど大切にしなければいけないこと」を感じる心は、経営者にとって大切なように思います。

機構の支援が始まって2年が過ぎた頃から、業績はV字回復の兆しを見せ始めました。社員にも自信が戻ってきたように思います。「自ら考え、自ら行動する」。そんな成長した社員が増えてきたように感じました。いまだから思えますが、苦しくも学びの多い有意義な2年間でした。

「三本の糸」をつかむ志と準備

プロフェッショナルとは「努力を積み重ねること」ができる人だと思っています。つらいこと、面倒なことを毎日継続できる人であり、私もそうありたいと思っています。

若い経営者や起業家に言いたいことは、まずは「努力を積み重ねること」。誰でも一所懸命に仕事に向き合っていれば、人生で3回の転機が来る。これを「三本の糸」に例えるならば、「志」がなければその糸は見えないし、見過ごしてしまう。お金や出世を求めることが悪いとは言いませんが、それだけでは「転機」の糸は見えません。しかし、志を持っていても準備をしていなければ、つかめない。経験のない仕事や環境に飛び込む勇気と、それを裏付ける「自信」がないと怖くて手が出ないのです。志と準備を大切にして、三本の糸をつかんでほしいと思います。

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